野口能也の関心アロケーション
先日、日経新聞が報道した「非上場会社のM&A(合併・買収)の際、市場で株を売買できないことを理由に株価を低く見積もることが認められるかが争われた訴訟」の結果について、一部で驚きの声が上がった。


また、最高裁判例(PDF)は以下。

[PDF]株式買取価格決定に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件

この一件について、ファイナンスの観点からはどのように考察することが出来るのだろうか。
本件もこれまでと同様、一般の方々にも読んでいただけるような原稿を野口さんに依頼したので、ここに掲載します。

殴り合いで決まる株価 - 「非流動性ディスカウント」を巡る最高裁決定について


「表が出たら100円貰えるコイン投げゲームに、いくらなら参加しますか?」

しばらく前に、こんな質問をあちこちに投げてみたことがある。ほとんどの方が「正解」を探ろうとして、こちらをチラッと見た。いえクイズではありません、アンケートですと、特に正解はありません、人によって異なるはずですと、伝えると皆さん、こんどは驚くほど様々な回答を返してくれる。30円、あるいは10円という声が比較的多かったが、無論やりますよ50円でもとか、そんなのタダでも付き合わないとか、金額だけでも回答は多様だった。加えて、例えば霞が関に勤める後輩は、細工のないコインかどうか確認するために、まず調査団を結成する必要があると答えた。価格はそれからだと。


リスクのある投資に、えいと勇気を出して飛び乗ろうとするとき、目をつぶって先の権利を30円出して二つ買い、そのうち一方で表が出て100円を受け取るとき、差額として

100円 - 30円 x 2 = 40円


の利益を得る。リスクプレミアムと呼ばれる、えいと勇気を出したことに期待される「見返り」だ。価格が30円よりも安い20円になれば、この「見返り」は拡大しているし、価格が30円よりも高い40円になれば、この「見返り」は縮小している。さて、あなた自身は、いくらなら参加してもよいと思われるだろうか。どんなふうに、この価格を主観的に探るだろうか。「コイン投げ」には暗に、おおよそ二回のうち一回は表が出るだろうことを期待するだろうか。

「理論と現実は違う」と、したり顔でドヤられた経験のある方も少なくないだろうが、お金のやりとりの実際は、まさに事実は理論より奇なり。驚くようなことが頻繁に起きる。例えば、参加料を払ってからコインが投げられるまで、そして結果が出てから100円が支払われるまで、それぞれ時間があった場合について考えてみよう。コインとは直接関係のない、さまざまな追加的なリスクが必然的に発生してしまう。前者の場合には例えば、その間に別の魅力的な投資先が現れたとしても、既に乗り換えは困難だとすれば、選択肢を狭めてしまっている。いわゆる機会費用だ。後者の場合には例えば、表が出て100円貰えるはずなのに、その間に相手が倒産してしまったり、また持ち逃げされてしまう可能性だってある。いわゆる信用リスクだ。現実によくある、こうした簡単でない状況まで含めて「30円」という価格について考え、提示する必要が出てくるわけだ。

更に、もちろんコイン投げよりもずっと、実際の商売にかかるチャレンジは複雑かつ面倒だ。練りに練って、磨きに磨き上げた新製品が大ヒットするとき、100円どころか青天井に売り上げていく可能性だって否定できない。いやむしろ期待している。そして大勝負は一度では終わらず、次々と乗り越えるべき山壁は現れ、常に結果を出しながら未来に向かって歩み続ける。コイン投げから、徐々に仮定を緩め一般化し、ビジネスと株式投資に頭の中のモデルを近づけるにつれ、新たに無数のリスクが思い浮かんでくる。必ずしも未だ認識していないものまで含めて、しかし我々はそのすべてを値踏みし、資金を動かす決定を下す必要に迫られる。モタモタしていれば、隣のライバルにチャンスを持って行かれてしまうリスクすら存在するからだ。


枕が長くなってしまった。タイトルにある「非流動性ディスカウント」とは、参加費を払ってからコイン投げが行われるまでの間に、その権利を他者に譲渡しようとしても相手が見つからない可能性、その見つかりにくい分だけ、より価格が安くなければ買う気が起きない、その「価格差」のことを指す。もちろん、さまざまな権利または株式によって、想定される「価格差」の大きさは異なるはずで、一般には取引が頻繁かつ大規模に行われているものほど、小さくて済む類のリスクプレミアムと言える。

食品卸のセイコーフレッシュフーズ(札幌市)によって、2012年に吸収合併された道東セイコーフレッシュフーズの株主が、所有していた株式を買い取るよう会社側に請求したが合意に至らず、その公正な価格について裁判所に決定を求めていた裁判で、2015年3月に最高裁第1小法廷(池上政幸裁判長)は、将来の収益から株価を見積もる場合には、「非流動性ディスカウント」を認めない旨の決定を下した。そうした概念は、例えば上場し頻繁に取引される同業他社の株価と比較する場合に用いられるものであって、明示的に登場させるには、その場面を選ぶと裁判所は判断したわけだ。


枕が長くなってしまった分だけ、「馬鹿馬鹿しい」の一言で、今件に関するコメントを済ませることができるだろう。いつでも脱出できるとは限らないリスクに対する見返りは、おおよそ考えられるすべての案件に対して、投資家は常に要求するものであって、売り手と買い手との綱引きの中で明示的に扱うか否かについては、要するに程度問題である。未来に生み出されるだろう収益を割り引いて、現在の株価について評価しようとする際、その「割り引く」中に、他のさまざまなリスクと一緒に流動性リスクについても考慮しておく形が、一般的かつシンプルであると。表現方法として、最後にドカンと「ここから三割引きね」とか言って大外でディスカウントするのはカッコ悪いからやめろと、好意的に解釈すれば、そう裁判所は言っているのかもしれない。

もちろん他方で、今件は会社側から見れば要するに「自社株買い」の一種に該当するわけだが、このようなアクションに際して、あまり「非流動性ディスカウント」を声高に主張するのもどうかと思わざるを得ない。言うまでもなく会社は、今後も保有を継続してくれる株主の代理人であって、彼らのためにすこしでも安く自社株買いを実行することは、その使命の一つに含まれる。とはいえ、これまで出資してくれた株主に対して「どうせ他に買い手は見つからないでしょ」とか、「その分はお値段を引かせてもらわないと、こっちにもこっちの立場がありましてね」みたいな物言いは、なるべくオブラートに包んで、やんわりと伝えるのがジェントルマンだ。いや商売人としたって勿論、でなければ今後の潜在的な株主に「あの会社、出るときにつまらねえこと言いそうだから」と、また割り引かれる原因になってしまう。要するに損だ。

株価を決める殴り合いは、実に巧妙に出来ていると感じられないだろうか。売り手と買い手の双方にとってリスクなら、なるべく事前に潰してしまうか、でなければ可能な限りクリアにして、端的に並べることが互いの利益に繋がる。結局のところ、そうした重力から誰も逃げることはできない。スミスの見えざる手は、主に消費にかかる価格について論じられてきたが、投資とリスクにも、きっと同じ力は働いている。

WRITER

野口能也|@equilibrista
有限会社(オキシスタジオ)代表。社内に調査室を設け、投資とリスクに関するコンサルティング業務を行う。主要顧客はこれまでに、国土交通省、JP Morgan、星野リゾート、マネックス証券等。投資とリスクに関する知識を一般に広げることで、ビジネス環境の効率を高め、豊かな社会の実現に寄与することを目指す。 過去の記事一覧


【最新号】野口さんの他の記事も読むなら


FOLIO(フォリオ) vol.5
FOLIO(フォリオ) vol.5
posted with amazlet at 15.02.15
FOLIO Publishing (2015-02-13)